OHTAKI'S MODERN CARTOON


おねがいごとといいますかの巻

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マーこんなことは言わずもがなで、ちょっとアレなんですがさすがにデジタル時代の気軽さの前にはちゃんと言わなきゃいけないことがあるような気がしてきたわけですね。それに自分だけが格好つけてまわりに期待をしていても、よくはない。
 

お豆腐屋さんがお豆腐を作る。
お豆腐屋さんがお豆腐を売る。
お豆腐屋さんはお豆腐のプロなわけで、作ったお豆腐がお金になるとき、お豆腐屋さんはいろんなことを背負うことになると思うわけです。

お豆腐の質に対する責任や職人としてのプライドとかさ。
それはお豆腐屋さんにとって、たのしくて、自分を確認する大事な方法だったりもする。

で、まあそういうお豆腐がある、と。

そのお豆腐がすごく無造作に店舗じゃないとこに並べられていて、おいしそうだったし値段も付いてなかったし何の注意書きも無かったんでひょいと手にとって持って帰った、と。

ひとりで湯豆腐にして楽しんだ美味しかったというあたりまでは苦笑いの範疇のような気がする。

でもちょうどご挨拶シーズンだし、おいしいし手近にあったし、持ってって友達に配りましたって言うのはちょっと困ると思うわけです。

それはワシが作った豆腐じゃっ!

自分の豆腐を愛してくれるのは嬉しい。すごく嬉しい。ありがたい。
でも手軽な場所にあるからというので気楽に持って行かれちゃつらい。そこに、たとえ、愛があっても、こっちに伝わってくるのは、なんかさ、ためらいもなくお手軽に扱われちゃうのな、っていう小さなガックリ感なわけです。

お手軽って傷つくことだ。
お手軽って落ち込むわ。

たとえば50円のコップがあったとして、それを可愛いからとか、使い易そうだからっていうので買うのと、単に安いからこれでいいやと思って買うのとは、コップにしてみりゃ全然ちがう。そのコップの使われている環境が全然違ってくると思う。
そういうことですよ。
どうだっていいことなんだろうに、わたしは妙にそのへんの事情にへこたれてしまうほうです。

ひょっとしたら、いいさいいさ、手軽に俺の豆腐をばんばん使ってくれりゃいいのさ!って思う剛胆な豆腐屋さんもいるかもしれないね。

でもこちらのお豆腐屋さんはココロが弱いから、なんかダメなのね。
うまくいえないものがたくさんあって説明しにくいんだけど。
わたしは、わたしを、だいじにしすぎるのかもしれないな。すいません。
 

そういうことを、ワザワザ言わなくちゃいけないくらいデジタルなご時世でもあるってことにまたちょっと考え込んだりする年賀状シーズンなわけです。

例えがわかりにくい?マーWEBから気軽にダウンロードしてハガキとかにするのはあまり嬉しくないという話です。ああ、ミモフタもない。がっくり。

 

tulipa@mamioh.com *MAMI OHTAKI*

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