OHTAKI'S MODERN CARTOON

上等ォ!と言えるオータキの巻

最近したさりげない決心のひとつに「上等ォ!と言えるわたし」というのがあるわけですが、これはつまり、カンに障るようなことをワザとされたときに「アイヨ喧嘩売ってんなら買いましょう」というココロなわけですよ。
ああ、こんな物言いからすでに「上等ォ!」には程遠いや。

わたしは堪え性がないわりに、その場の空気を優先してしまうのでなかなか喧嘩を買えません。ツマリ気が小さいんだね。怒りの対処を自分の中で検討しているうちに話が進んでしまう。だ、ださい。
 

「忙しいのは結構だけどタマシイ売るような仕事はしたくないよなぁ」
昔、そう話しかけてきた知人がいました。タマシイ売るようなって、アンタ。なんの根拠があってそんなことコヤツに言われてんでしょう。謎ですが、まあ悪意が強烈に伝わってきたわけです。
「わたしがタマシイ売るような仕事をしてるという意味かな?(上等ォ!)」

言えたらどんなに良かったか。ふう。
それは、友人の結婚披露宴でのことだったのですよ。わたくし一世一代のガマンをして、帰宅後、激しい頭痛で寝込みました。布団の中で泣いたですよ。
あれから10年、この人には一度も会ってませんが、今でも"買えばよかった痛恨の喧嘩ナンバー3"です。思い出すだけで腹が煮える。

また別の女性は飲み屋にて早めに退席しようとしたわたしに「売れっ子ちゃんはちがうわねぇ〜」とドラマのような口調で仰いまして。
「仕事が好きで悪ぃかよ(上等ォ!)」
・・・これも言えませんでした。彼女は友人の古くからの仕事仲間だったのです。夜道を走るタクシーの中でやっぱり泣いたですよ。あーあ。

他にも、辛くてとても書けない痛恨の「買えなかった喧嘩」が多々あるのですが、すべてホントの泣き寝入り。わたしよ、ふがいないわたしでゴメン。
あのときもあのときもあのときも「上等ォ!」とコトを起こしてスッキリ縁を切るなりなんなりすれば良かった。38にして自分へのツケをシミジミ思う秋。

しかし疑問です。向こうはわたしが怒るとは思ってないんでしょうかね?
「これくらいのことで怒らないよね?えへ」っていうことなのかな。
「これくらいのことで」っていうのはマーわからないでもないですが、「不愉快」と感じるものの種類やレヴェルは個人個人でちがうわけで、わたしは「これくらいのことで」怒るんだよ。アンタのモノサシとワタシのモノサシは別モノですってんだ。目盛りが小さくてスマンね。しかもねちっこく覚えてるんだよ、ホホホーだ。

「自分ったらこれくらいのことで怒っちゃってオトナゲない。てへ」そんな自己批判としての「これくらいのことで」ならいざしらず、他人の怒りに向き合ったときに「これくらいのことで」で逃げるのはズルイ。
相手が不愉快に感じているのが現実で、少しでも悪意があったのならなおさら。悪意の代償を払う覚悟はしておいてもらわないと。

わたしは「これくらいのことで」という雑な了見に対して「上等ォ!」と言いたいのかもしれないです。

「ノー」と言えるニッポンも大事ですが「上等ォ!」と言えるオータキも大事なのです。今後、そこんとこ4649。
 
 

テロの話じゃないですよ。「上等!」てのは個人の責任の範疇でやるもんじゃないでしょうか。
 人がたくさん居るというのはムズカシイことだ。
 

tulipa@mamioh.com *MAMI OHTAKI*

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