OHTAKI'S MODERN CARTOON

だからこそ熱く!の巻

 
わたしは底意地が悪いです。 
あんまり自慢することじゃないですが、まあ面白いように悪い。 
仕事から、わたしのことをほんわりしたイイ人だと思っているかたも多いですが、おおまちがいですね。ハハハ。 いや、わらいごとじゃないですが。
誤解っていうのはありがたいもんです。 

わたしは好きなものについて語るとき、相当熱いですが、同じように嫌いなものについて語るときも、燃えるように語ります。そりゃあもう腕によりをかけて、ムチャクチャ細かい描写をしながら、とことん底意地悪く語ります。
なんでわたしはこんなに嫌いなものの話をするのが好きなんでしょうかなあ。 

嫌いなものは重要です。 
嫌いなものは、わたしがたいせつにしているものを脅かすからきらいなのです。

だいじなものを、脅かされる。
それはいやなもんです。
いやなきもちにはあまりなりたくはない。

脅かされそうになると、それを守ろうとしてしまうでしょう。
そのとき、自分がなにをだいじに思っているか知るわけです。
じぶんは、じぶんのなかの、なにをこんなにもだいじにしているか、なにをこんなにも守ろうとしているのか、そんなことを思い知らされるのは、とても、恥ずかしい。

わたしはじぶんにそういう思いをさせたものが憎いです。
逆恨み、逆ギレと言われてもいい。よくもこんなに自分の恥ずかしい部分を思い出させやがったなと心底憎い。 
だから嫌いなものを語るのについ熱心になってしまうんじゃないでしょうか。

そして嫌いなものからなにかを守ろうとする姿勢は、じぶんの弱みを発見することにもなるんじゃないでしょうかね。
「守りたい部分」は脆弱だから守らないと脅かされてしまうのだろうし。

きらいなもののないひとは、なにごとにも脅かされない、強靭なひとなのだと思います。

すきなものを庇いたいがために、きらいなものに熱心になる。
なんかアホらしい。とはいえ。

わたしは今日もきらいなものについて熱心に考え続けています。いやだいやだ。

 

tulipa@mamioh.com *MAMI OHTAKI*

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